重なる波紋に落ちる雫 第3話 波打つ水面 ■ 悠希(ゆうき) 17歳♂ 一人暮らしの高校生男子。普通。 頼まれると断れない性格。 ■ 雫(しずく) 10歳♀ 謎な女の子。 口数は少なく、大人しい。 ■ 煌祐(こうすけ) 17歳♂
主人公とは別の学校に通っている。 中学校からの親友。お調子者。 ■ 滴菜(しずな) 36歳♀ 雫の母親。 強い意志の持ち主であり、家族思い。 ―――悠希が高校を卒業して5年後。 煌祐「悪ぃ、遅くなっちまった」 悠希「おっ、久々だな。    こっちこそ悪いな、忙しいところ呼び出しちゃって」   煌祐「構わねーよ、こんな機会でもないと会えないしな」 悠希「そうだな、あれから、高校を卒業してから会う機会なかったもんな。    5年ぶりかな」   煌祐「5年ぶりか、もうそんなになるんだな」 悠希「相変わらず忙しいのか?」 煌祐「ああ、まあな。    実用化に向けてもっと解析していかなきゃいけないしな」   悠希「しっかし、高校時代はダントツ最下位だったのに、今や研究者だもんな」 煌祐「はっは〜、俺には才能があったってことよ」 悠希「お前は昔から奇想天外な発想してたからな〜。    中学の頃に『タイムマシンを作る』って言って散々話を聞かされてたもんな」   煌祐「まあ、その発想を論文にまとめたら認められちまった、ってわけだ。    お前は今は何をしてるんだ?」   悠希「俺は一介のサラリーマンだよ。    でも、今日はお前よりも一歩進んだ俺の話だ」   煌祐「なんだよ、女でもできたか?」 悠希「ああ、俺、結婚することにしたんだ」 煌祐「マジか!?」 悠希「お前にも式に来て欲しいと思ってね」 煌祐「くぁ〜、先越されたな〜!    今度、お前の奥さんから俺に誰か紹介してくれよ!」   悠希「ははっ、式に来てくれれば、女の子もいるんじゃないか?    結婚式は出会いの場所でもあるからな〜」   煌祐「ともあれ、おめでとう!    中学以来の親友として祝福するぜ!    式には予定キャンセルしてでも絶対行くからなっ!」   悠希「そういうところは昔から相変わらずだな」 ―――そして、5年後。 煌祐「え……?    悠希が交通事故で……?    は?……嘘ですよね……?    マジ……っすか……?」       煌祐「……この度は、ご愁傷様です……」 滴菜「主人の葬儀に来て頂き、ありがとうございます……」 煌祐「……今でも、信じられないです……」 滴菜「私も……こんなことになるなんて……」 煌祐「あ、申し送れました、私は悠希さんの中学からの友人で煌祐と言います」 滴菜「あなたが煌祐さん?    主人からお話はかねがね……。    確か……精神を過去に送るという機械を開発されているとかで……」   煌祐「はい、まだ世間ではそう知られていませんが」 滴菜「……折り入ってお話があるのですが、構いませんか?」 ―――さらに、10年後。 煌祐「本当にいいんですか?」 滴菜「はい、こちらこそ無理なお願いをして申し訳ありません」 煌祐「僕が開発主任となったこの精神時間逆流装置はまだ一度も人間で試したことはありません。    もしかしたら……命を落としてしまうかもしれないのですよ?」   滴菜「はい、覚悟の上です。    はたから見れば馬鹿げている話だとは思いますが。    この子は……雫は、父親の思い出がないんです」 煌祐「悠希は、雫さんが産まれてすぐに亡くなってしまいましたからね……」 滴菜「はい、だから、この子は父親の顔も覚えていないでしょう……」 煌祐「あの事故からもう10年か……。    10年前のあの日、滴菜さんからこの装置を使いたいと言われてから、ずいぶん時間が過ぎてしまいました。    しつこいようですが……それでもまだ、危険をおかしてまでも、昔の悠希に会いたいのですか?」   滴菜「はい、私の気持ちは変わっていません。    この子も望んでいますし、覚悟はできています」   煌祐「悠希は幸せ者ですね、ここまで想ってくれている人がいて。    だから、僕としても危ない橋を渡らせたくはないと思っているのですが。    そこまで決意が固いのであれば、僕も全力でサポートします」   滴菜「はい、ご迷惑をおかけします」 煌祐「まず、簡単に仕組みを教えておきます。    この装置はいわゆるタイムマシン、ではありません。    その名の通り、精神のみを過去に転送することができる装置です」   滴菜「精神のみ、というと、過去の悠希を見ることだけで、会うことはできないのですか?」 煌祐「いえ、実際に悠希と会うことができます。    正確には、滴菜さんの過去の記憶の悠希の元まで、精神を転送するということです。    ですが、実際の滴菜さんの記憶にアクセスし、改ざんすることになるので、平行世界上では……。    ……まあ、難しい話は置いておきましょう」     滴菜「その……タイムマシンとは違うのですか?」 煌祐「よく言われるタイムマシンと違う点は、使用者の体はここに置いて行くという点です。    精神だけ過去に送ったきり、ここに精神は戻ってこれないかもしれないという危険性があります」   滴菜「つまり……失敗すれば、私は精神のない抜け殻となってしまうということですか?」 煌祐「そうです。    この現在に残るのは肉体のみ、植物人間となってしまう可能性もあります」   滴菜「……はい、覚悟はできています」 煌祐「それと、タイムパラドックスという言葉はご存知でしょうか?」 滴菜「はい……言葉だけは聞いたことはありますが」 煌祐「滴菜さんの行動次第では、現在に戻ってきた時にお子さんが『いなかったこと』になってしまう可能性もあります。    関係がこじれないように、悠希と滴菜さんが出会う前の過去、悠希の高校時代に精神を送ります」   滴菜「はぁ……」 煌祐「安全策として、滴菜さんは悠希に接触しないで頂きたいということです。    もし、滴菜さんが悠希と過去で仲が悪くなったり、妙な関係になったりすると、結婚しない現在になってしまうかもしれません。    つまりは、現在に戻ってきたら、お子さんがいなくなってしまっている可能性もあるということです」 滴菜「雫は主人に会わせても構わないのですよね?」 煌祐「はい、お子さんは悠希は全く知らない人物にあたるので、それは構いません。    とはいえ、保障はできませんが……。    ですが、お子さんが悠希に会わないことには過去に行く必要はありませんからね」 滴菜「それで、過去に居られる時間はどれくらいなのですか?」 煌祐「危険性を考慮して、一週間にさせてもらいます。    過去に行って一週間すれば、こちらから精神を回収します」   滴菜「一週間……分かりました」 煌祐「それでは、準備をします。    その間にお子さんにお話をしておいてください」   滴菜「はい、分かりました」 滴菜「雫、お父さんに会えるかもしれないよ」 雫「本当に?」 滴菜「ええ、でも、訳があって、高校生の時のお父さんにしか会えないの」 雫「うん、お父さんに会えるなら、それでもいいよ」 滴菜「前に教えた約束、覚えてる?」 雫「うん、お父さんに会っても、お父さん、って呼んじゃいけないんだよね。   私が、お父さんの子供だ、ってことも内緒なんだよね。   それと……お父さんの家に着いたら、お母さんが迎えに来るまでは一緒に居ていいんだよね」   滴菜「ええ、そうよ。    お父さんは優しい人だから、きっと、一週間一緒にいてくれるわ」 煌祐「準備ができました。    よろしいですか?」   滴菜「はい。    雫、心の準備はいい?」   雫「うん……お父さんに会えるんだね……」