最後のシチュー 男(♂) 意思の強い男性。 女(♀) 悲劇のヒロイン。 女:えっ? 本当に行くの? 男:ああ……もう、決まったことなんだ。 女:そんな……あなたは戦争には行かないって言ったじゃない……。 男:……すまない……。 女:なんで……なんであなたが戦争に行かないといけないの? 男:約束……したんだ。 女:約束……? 男:ああ、お前の兄貴と。 女:兄さんは……兄さんは関係ないわ!   戦争から必ず帰ってくる、って言っていたのに……。 男:同じ部隊だったんだ。   迫り来る敵国の攻撃をかいくぐって、二人で戦場を……。 女:もういい! その話はもうやめて!   もう、兄さんは帰ってこないんだから……! 男:すまない……でも、俺は最後に約束したんだ。   お前の兄貴からの言伝(ことづて)。 女:……えっ? 男:戦争をなくそう、静かにくらしていけるようにしよう、ってな。 女:でもそれはあなたが戦争に行くこととは関係ないじゃない! 男:もう一つ、約束したんだ。   俺に、妹を守ってくれ、と。 女:じゃあ、戦争に行かないで! 私を置いていかないで!   兄さんもなくして、あなたもなくしたら私はどうすればいいの……! 男:俺は、戦争に勝って……戦争を終わらせて、ここに帰ってくる。 女:そんな保障がどこにあるのよ!   戦争に負けるかもしれない……もし勝っても、あなたは帰ってこないかもしれない……! 男:それなら、ここに帰ってくると約束する。 女:嫌よ! 兄さんも……兄さんもそう約束して帰ってはこなかった……!   兄さんも同じことを約束して戦争に行ったのよ……。 男:……大丈夫、俺は、帰ってくる……。   もう、時間だ……行かなければならない……。 女:そんな……! 男:戦争が終わったら……二人静かに暮らそう。 女:嫌……嫌よ!   あなたまで行ってしまったら……。   この……。   このシチューは誰が食べてくれるのよ!? 男:お前が食べきれなかったら、お隣さんにおすそわけするといい。 女:嫌よ! めんどうじゃない! 男:……だから言ったんだ、作るなら一人前にしておけと……。 女:だって……だって、今日はニンジンが安かったんだもの……! 男:だからといって……俺はそんな真っ赤なシチューは見たことがない……。 女:ねえ! おいしくないの!? 私のシチューおいしくないの!? 男:い、いや……そ、そんなことは……。 女:だから兄さんは帰ってこないの!? 私のシチューがマズいから!? 男:そ、そんなことはない、お前の兄貴だって必死に戦ったんだ……。 女:嘘でしょ!? 知ってるのよ! 戦争って空き地でやってる石投げごっこよね!?   兄さんは最初に石をぶつけられて泣きながらおばあちゃんの家に帰ったって聞いたわ! 男:……もう時間だ、投げる石を集めなければならない。 女:そんな!? 待って、一口でいいから私のシチュー食べていってよ! 男:……すまない……! 女:ああっ! 待って!   ……私……私、待ってるから……! ことこと煮込んで待ってるから!!